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日経ブランディング 〜日経広告手帖別冊 2004年Winter掲載記事〜

ブランド構築における知的財産の活用

 技術があり知的財産の蓄積がある企業ほど、イメージを軽視する傾向にあるようだ。そうした企業では、口にこそ出さないが、技術がすぐれ新規性ある知的財産が企業能力の大方を決め、イメージやコンセプトなどは二の次、との空気が社内で支配的なのではないだろうか。
 日本経済新聞社と共同開発し、昨年10月に発表した知の潜在力指数のランキングを表1に示した。これは技術革新力だけでなく組織能力も加味した調査だが、この調査ではイメージの要素を抜いてある。それは、イメージが重要でないという理由ではなく、逆にイメージの影響の大きさをよく知っているからだ。
 このランキングを見ると、企業ブランドのランキングとは顔ぶれがずいぶん違っている。つまりイメージでは決して上位にこない企業でも、技術・知的財産にすぐれた企業が何社かあることが分かる。

イメージの経済的価値と役割期待

 BtoC企業であれば、製品コンセプトを追求してそれに見合った広報・宣伝とブランド構築を行うという考え方は、もう徹底しているかもしれない。しかし、BtoB企業にはコンセプト開発や広報・宣伝、ブランド構築を融合して行うといった考え方はなじみにくいかもしれない。BtoB企業では、顧客や特定の取引相手、あるいは特定の市場関係者にさえ高く評価されていればそれでよい、と考えがちであるからだ。
 しかし、技術や知的財産にすぐれながら企業イメージがさほどでもない企業で怖いのは、企業の方々自身が経済社会一般で低く持たれているイメージを自分自身の姿だと思い込んでしまうことである。言い換えると、企業イメージに象徴される社会からの役割期待を、そのまま鵜呑みにして、極めて低いレベルで自己規定してしまう危険である。
 現に、世界的に譲らない技術と知的財産を持つ何社かの企業の方々が、本来競合企業とすべき企業を見ずに、まったく見当はずれの企業をライバルとして狭い範囲の競争をしているのを見ると、自己規定がいかに低いかが分かる。そのようなことで、本当に新規性・独創性ある知的財産を生み出して国際社会で太刀打ちできるとは考えにくい。
 こうした問題意識を持ち、経済社会から持たれる役割期待を高め、真に新規性・成長性ある知的財産の創出を促進するブランド構築のスキームを考えたい。

競争状態から距離をおくスキーム

 日本の多くの企業は従来、消耗戦を繰り返してきた。次の成長分野を狙うというよりも、いかに他社の侵入を許さないか、あるいはいかに他社の知的財産の間をかいくぐるか、という発想で知財取得が進められている。
 こうした活動が競争優位を維持するのに必要でないとは言わない。しかし、それだけでは独創的で成長力ある、次の世代を開拓するような知的財産は生み出せないだろう。その結果、欧米諸国企業と比べて、研究開発投資一単位当たりが生み出す特許の数は多いがそれが収益性に結びつかない、という状況がある。
 新規開発が収益に結びつかないという悪循環から抜け出すのは、容易ではないだろう。しかし、少なくともいえるのは、ブランドが確立した企業では新規分野に進出しても当初から資本利益率が高い、という経験則である。これは経済社会からの役割期待の大きさによるもの、と考えられる。
 昨年3月に、ソニーが将来的な成長の方向について資本市場に十分説明しなかったために、株価が大きく下落したことがあった。しかし、ソニーの顧客はそれでも同社の技術や革新性に期待を持つ。これが同社がブランド・イメージで常にトップを維持しているゆえんなのだ。顧客の期待は購買行動にも現れるため、売り上げが大きく落ち込む危険は少ない。
 ここでBtoB企業は「顧客がプロだとBtoC企業のようにはいかない」と考えがちである。しかしブランドを、顧客に約束する内容、裏切らない役割期待、成長と絶え間ない革新へのメッセージ、と理解すると、BtoB企業にも適用できるスキームが得られるのではないかと思われる。

企業のコアコンピタンスと知的財産

 それでは、どのようにして役割期待を高めるか。これには、すぐに売り上げに跳ね返る商品広告とは別のメッセージ発信が必要かもしれない。なぜならば、役割期待とは企業に固有の企業能力を広く認知させ、それに対する期待を高めることを意味するからである。
 まず、この固有の能力とコア技術を経営者が理解して事業戦略を組むこと、コアに立脚した研究開発を展開し知的財産を創造すること、といった戦略策定とともに、経済社会で決して裏切らない役割や新規の成長分野へ向けた強いメッセージを発することが必要である。
 企業の広報資料を見てその印象を一変させた企業として、帝人、旭化成と旭硝子があげられる。そしてその印象を一変させた原因は、それら企業の知的財産の蓄積と新規事業創造へ向けたメッセージ性である。
 帝人と旭化成の場合、最初に目にしたのは、1999年のアニュアル・レポートでの研究開発の記述である。帝人は素材(コア)分野での収益性強化へ向けた戦略と産業繊維としてのアラミド繊維や炭素繊維での知的財産、その用途としての航空機や宇宙開発分野が、旭化成の場合、研究開発セグメントごとの知的財産のほかに、繊維時代に築かれたコア技術が現在主力の新ケミカル(医療・医薬)分野で生きている様が、技術の強さと将来へ向けた意思を感じさせた。
 旭硝子の場合、印象を一変させた媒体は2002年に発行された別冊子の広報資料である。同広報資料で目をひくのは、次世代を育成する研究開発分野と知的財産の記述である。特に、ナノ尺度で見た場合のガラスの異局性を生かした新素材の開発を行い、エレクトロニクス分野で必要とされる部材の新市場形成に貢献している様は、同社が新規の成長分野開拓の一翼たる期待を形成する。
 これらは主としてIR(投資家向け広報)を狙ったものである。実際に日本IR学会の調査によると、機関投資家が企業価値の推定を修正するのに活用する非財務情報として、競争優位分野での知財・技術の蓄積を重視していることが分かっている。元来、市場関係者に向けたIRは広報と分けて考えられた。しかし、こうした情報が個人の印象も変えることを考えると、IRと広報の統合に知財・技術を活用し、ブランド構築を図ることが可能と考える。
 上述の企業の観察から、経済社会での役割期待と将来的成長について一貫したメッセージを発しブランド構築につなげるには、図1に示すように組織の戦略プロセスにしたがって諸要素を組み込むことが重要と考えられる。
 図1では組織内部で行われる戦略プロセスから、役割期待と成長・革新へ向けたメッセージを抽象し、何らかのシンボルと結びつけてステークホルダーの脳に刷り込みを行うことを示している。その結果、役割期待が強化される。また、メッセージが何らかのシンボルと結びつくことを通してイノベーティブな企業としてのブランドが形成される。
 さらに、整った戦略プロセスの実践によって財務的業績が向上するとともに、企業の役割期待と形成されたブランドにかかわるステークホルダーの信念は強化される。ブランド構築により経済社会での役割期待がさらに強化される結果、企業ビジョンは豊かさを増し実体としての企業能力も期待に応えて拡張する、という図式である。
 図1で、財務的業績は資本市場関係者に対して、企業能力の期待についての確信を持たせる。さらに市場関係者以外のステークホルダーが持つ役割期待についても、その信念を強化させる可能性がある。ただし、財務的業績が単独でイノベーションブランドを形成するものではない。

期待される成果

 役割期待が高ければ、それに応じて企業能力は拡張する。この効果が、ストレッチである。
 従来ストレッチは、企業内での経営陣と従業員、従業員間での互いの期待の昂揚と能力の拡張の意に主として用いられてきた。しかし、これを企業外部の者が持つ期待とそれに応じる企業能力の拡張、という図式に転用することができる。実際に、図1にもとづいた情報発信を続けたある企業は、2000年以降の市場全体の株価下落局面で継続的に株価を上昇させた。これは、情報発信の前提たる戦略プロセスを整えたことと、市場関係者と一定の役割期待のもとでコミュニケーションを活性化させたことによる組織効率の向上が原因と考えられる。同様のことが、市場関係者以外のステークホルダーの間にも適用できる。
 旭化成は事業・研究開発の方向性と知的財産創出を記し、新規事業創造に向けたメッセージを知的財産報告書で発している。同社は過度の多角化が企業内外から指摘されてきたが、同報告書では、知的財産創出の分野を情報技術・ナノテク材料・バイオ応用・膜の四分野に焦点を絞ることを、同社の研究開発に関心を持つステークホルダーに向けて広く宣言している(図2参照)。同社は基本性の高い知的財産を生み出すとして、業界内での評価がある。今後、より広いステークホルダーの期待を形成し、新規事業創造での実績につなげること、IR広告も視野に入れた適切な媒体とシンボルをとおして真に強いイノベーションブランドを確立することが課題である。

横浜国立大学大学院
国際社会科学研究科教授
岡田依里
神戸大学大学院博士前期修了、同博士。コロンビア大学客員研究員などを経て2003年より現職。主な著書に『知財経営戦略』(日本経済新聞社)など。

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